発声練習とは、ドミソミド、あああああ~、と単に繰り返すだけのものではありません。発声練習の本質を理解している教師は、時間つぶしにしかならない発声練習を行いません。必ず、目的のある発声練習を行います。
発声練習には2つの役割(目的)があります。
一つ目は「ウオーミングアップ」です。声は声帯(筋肉)を振動させて出すものですが、声帯筋だけで声を出しているのではなく、声を出すためには声帯筋をコントロールする多くの筋肉が存在します。
スポーツを想像してみて下さい。運動を始める前にはストレッチを行い、軽いジョギングなどから徐々に筋肉を動かします。筋肉の血流を増やし、筋肉が動きやすくするためです。また、これによって運動がしやすくなるだけでなく、急な負荷による怪我を防ぐ事もできます。
声も「筋肉を使って起こす運動」の一つですから、最初はゆっくりと軽めの発声練習を行い、声帯とその周辺の筋肉群が動きやすくなるにつれてだんだん大きく強い声を出すようにしていきます。声の高さも、筋肉の負担が少ない中低音からスタートし、徐々に高い声に移行しなくてはなりません。
朝起きたばかりの時に声が出にくく、しかも低い声になるのは、睡眠によって筋肉が弛緩(ゆるむ)からです。そんな時にいきなり大きな声や高い声を出すのは、起きたばかりの時に全力疾走するようなものです。ウオーミングアップの重要性はご理解頂けましたね。
発声練習のもう一つの役割(目的)は、技術を身につける事です。
初歩の段階ではブレスを正確に、しかも効率よく行う事から始めます。息は声の原料となるものですから、ブレスは最も大切な技術です。また、脱力しバランスの良い姿勢を習慣づけるのも大切な事です。それらを発声練習の中で身につけ、定着させていきます。そして、女性ではチェンジをスムーズに行う方法を学びます。やがて、声帯を効率よく振動させて、少ない力で大きな声を出す技術に進んでいきます。
発声練習では、現在練習している技術を定着させ、さらに精度を高める事を行います。また、それが身についてきた段階では、もう少し難しい技術に進んでいきます。
このように、発声練習とは「歌う前に行う儀式」ではなく、ハッキリした役割があり、教師は生徒さんの状態を把握して「どんな発声練習を行うか」を決めなくてはなりません。生徒さんもそれを理解してレッスンを受けた方が、良い結果を出せるのは言うまでもありません。
このページの最初に書きましたように、「あああああ~、ドミソミド」などは、発声練習とは言えないほど内容のないものです。「初心者のボイストレーナー」から受ける質問で、「発声練習のパターンを教えて欲しい」と言うものがあります。その教師が得意な発声練習のパターンは、確かに存在すると思いますが、最も必要なのは『その生徒さんが必要とする発声練習』なのです。
発声練習のパターンは無数に存在しますし、その生徒さんごとに、その生徒さんが必要とする新たなパターンを考え出す事もしょっちゅうあります。
例えば、声が詰まりやすい(声帯の圧迫が強い)生徒さんには、多少息もれが起こっても、癖を取り除きやすい「F」の子音から始まるパターン。チェンジが苦手な生徒さんにはミックスボイスの音域から始めて、低い音に向かってくパターン。横隔膜の訓練に入る頃の生徒さんには「P」の子音から始まるパターン。さらに上達してきたら、低い音から高い音に5度、6度と跳躍(音が飛ぶ)する練習。その逆の練習。など、本当に無数のパターンがあります。
また、現在練習している曲の、難しい部分を簡単な音型から徐々に曲の中で使われている音型に近づけていく事など、実際の曲に活かせる発声練習はとても大切です。
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